梅田地下街略図 |
4梅田地下街略図三番街から地下鉄梅田の北改札口へ向う通路は暗く、進むにつれて死の気配が濃くなるような気がした。銀行という、今や何の機能も果さぬ区画が続いているからかもしれない。通路はやや下り坂になって、前方はさらに暗い。だが、おれが決めたコースだ。おれはゴローを抱え直し、歩き出した。
空気がやや冷たくなった。だが、出口が開いているからではない。風向きを頼りに出口を捜す方法は、初期から失敗をくり返している。排風機の回転次第で地下道の風向きはどうにでも変るのだった。――そんな簡単な方法で出口は発見できないぞ。そう告げるかのように気流は変化した。
おれは通路左側にあるスポーツ用品店に入った。散乱するスキーの板を片付けて、厚手のアノラックを見つけ出した。黒っぽいものにしたかったが、見当らず、クリーム色が比較的目立たぬように思えた。ゴローを詰める袋かバッグを入手しようと捜したが、頭の大きすぎる体形は、抱く以外安全に運べそうになかった。
登山ナイフは当然ながら一本も残されていない。バットかゴルフクラブを武器がわりに持つかどうか一瞬迷い、やめた。片手は自由にしておいた方がいい。
おれは地下鉄梅田の北端で立ちどまった。また、分岐点だ。南へ平行に二本の通路がある。阪急百貨店北側まで一直線のコンコースと改札口からさらに降りた地下鉄ホームだ。コースは二つしかない。おれは地下鉄ホームを進むことにした。上のコンコースを進めば再び分岐点に出る。阪急デパートの食料品売場を抜けるか、国鉄側コンコースへ右折するか、地下ホームへ降りるか。三方向へ分れる場合は二つのゲートが開いているはずだ。幾つかの場合を想定して、最初から地下鉄ホーム伝いに進むのが効率的と判断した。
改札口を入ると天井は半円形になる。ホームへの階段を降りるにつれて、おれは中世の城の中を地下牢へ降りてゆくような気分になった。片手で松明をかざせば感じが出るだろう。そして地下牢には業病患者が蠢いている……。
おれの連想は間違ってはいなかった。地下鉄梅田のホーム北端に降りたおれは、そこで両側の線路上に積みあげられたように折り重なっている、白骨死体の山を見たのだった。
六、七十体はありそうだった。すべて白骨化していて、腐臭はなかった。が、夏場に立ちこめたであろう悪臭を想像するだけで胸が悪くなった。ここまで運ばれてきてレールの上に投げ棄てられたことは歴然としていた。おそらく、中津側へのびたトンネル内に始末しようとして頓座したのだろう。
初期の事故死や病死によるものではない。三つのグループ間に起こった暴動による死者にちがいなかった。
暴動は食料の欠乏から始まった。正確には飢餓への危機感が引き金になったといえる。地下街に残された食料が尽きる以前に事件は起こったからだ。
阪神デパートの地下には、堂島地下センター、駅前ビル方面から移動してきた者が集まり、阪急デパート地下には、三番街から南下してきた者が居ついた。食品売場の大きいこの二箇所に比べると、富国生命ビル地下の名店街に残された食品は豊富とはいえなかった。この売場に集まったグループは、デパート地下売場を管理するグループに、食品の公平な配分を要求したのだが、すでに長期の地下幽閉は誰もが予感しはじめていたため、エゴイズムが優先した。外部からの要求が集団としての結束を固めることになった。
三つの集団が鮮明になった。
食品を確保して蓄蔵しておこうとする“阪神グループ”“阪急グループ”に対し、はっきりと略奪を企てはじめた“曾根崎グループ”と、明らかに色別されることになった。曾根崎グループの暴徒化には、食料の寡少に加えて、武器を所有していたことも起因していた。曾根崎警察署の地階が含まれていたのである。
曾根崎グループの攻撃と阪神・阪急グループの防戦という形で、何度か衝突が起こった。こうして、地下鉄梅田・南改札口前の広場が戦場となった。そこには両方のデパートの地下売場入口が向い合っていて、曾根崎側からの中央通りの西端に当ったからだ。
商品棚やロッカーでバリケードが築かれたが銃弾を防ぐのは無理だった。拳銃を持った警官とドスを構えたヤーさんと出刃を握った板前が“突撃隊”を組織したという噂も流れてきた。皮肉なことに、ひとりも餓死しないうちに死亡者が続出することになった。
何度かの衝突がくり返されて、やがて、戦闘は不意に終った。子供どうしの喧嘩を引き離すように、また防火シャッターがいっせいに動いたのだ。“戦線”の様相は一変した。地下道の経路はまったく別の迷路となり、集団内部すら幾つかに分断された。
飢餓は訪れなかった。地下街に残された食品が底をつく前に、地上から、食料が搬入されはじめたのである。それもまた予想外のことだった。地下街の所どころに、食品の梱包が降されてきた。それは二層以上のシャッターで地上と遮断された出入口に限られていた。外側の扉が開かれ、梱包が搬入され、扉は閉ざされる。次に内側のシャッターが開き、エレベーターで、あるいはエスカレーターで、場合によっては自然落下で、梱包は地下街へ搬入されてくるのだ。エアロックの開閉に似た方式で、卑近な例では鳥籠に餌を入れるようなシステムで、食料は定期的に供給されることになった。
「家畜化だ。文字通り家畜化だよ」
医大助手の青年は殺気立った眼つきでおれにいった。
阪急ファイブ地下のハンバーガーの店に、おれたちは閉じこもっていた。梅田地下センターから阪急三番街へ抜ける途中、〈花の広場〉から枝分れしたように東へ入った袋小路の一角だ。おれたちはどの集団にも属さずに生きていた。徒党を組んで行動するのを拒んだ訳ではなく、結果としてそうなっただけなのだが、地下街中心部の騒ぎには巻き込まれずに済んだ。
密閉状態から解放されて後の医大助手の行動は徹底していた。地下街を外へ外へと進んだのだ。地下街の中心へ行こうとして閉じ込められた失敗の反動のようでもあったが、あらゆる分岐点ですべて外側に進んで出口を探すといった。おれは彼と同行した。出口が見つかる確信はなかったが、食料のある方向に何となく移動するよりは確実な行動に思えたからだ。
食料には不自由しなかった。
通用口の開いた食堂や喫茶店を丹念に捜せば、未調理の材料は結構残っていた。――出口こそ発見できなかったが、その日、おれたちはひと抱えもあるボンレスハムと、高級とは思えないが輸入ワインを三本見つけた。おれたちは盗み食いでもするように、コーナーの陰で酒盛りを始めた。地上からの食料は、まさに餌そのもの、圧倒的にインスタント食品で占められ、酒は煙草とともに、入手が絶望的になりつつあったからだ。それに、凶暴な“曾根崎グループ”からの流れ者には警戒が必要だった。闘争本能に火のついたような男が迷路を徘徊していて、それは明かに地下街中心部での戦闘の余燼だった。
「地下街を見渡している存在があれば、まさに行動科学の実験室だろう。これは地下街ジャックなんかじゃない、われわれをモルモットにした実験だ。ぼくにはそんな気がしてきた」
彼はワイン三杯で眼を血走らせ、やや饒舌になった。
「なぜです」
「ぼくは遺伝学を専攻していて、行動科学は専門ではないんだが、もし現代人の行動を研究するとしたら、地下街を研究材料にするだろう。毎日、電車を乗り替えるたびにそう考えていた」
彼は熱っぽい口調でいった。
「例の攻撃性から見れば地下街に集まる人間ほど不思議なものはない。都市への人口集中を象徴するようなものだからな」
「食品売場で起こった闘争のことですか」
「いや、一般的にいって、地下街というのは人間の生活する環境としては特異な例だと以前から感じていたんだが……」
青年はワインを飲み干してから話し出した。
――人間の攻撃性についての研究には、動物行動学が大きく寄与している。動物行動の研究からは、攻撃性が種の維持と進化に欠かせない機能であることが証明されている。
――最も有名なのはコンラート・ローレンツの研究だ。それによれば同種内での攻撃性は三つの機能を持っている。第一は、同種間の個体間距離を保つことで、種が広い地域に分散してゆく。二番目に性的ライバル間で起こる闘争で、強者が子孫を残すことになる。三番目に、無力で依存的な子供を守る機能を果す。これが種の進化に必要な攻撃行動とされている。
――また、攻撃性が進化にとっての意味をまったく失う場合もある。同種間で闘争が、環境の変化や種外のライバルとの競争などと無関係に行なわれる場合と、同種の中でグループ間の闘争と淘汰が行なわれる場合がそうだ。
――種内の攻撃行動が種の進化に意味を持つといっても、敗者がそのまま死ねば種としてはマイナスになる。そのために致命的な攻撃行動を抑制する機能があることが知られている。威嚇行動とか敗北を意味するさまざまな行動、それに転位行動など、色々な儀式的な行動がそれだ。
――動物行動学をそのまま人間の行動に置き替えることはむろんできない。特に敗北の意志表示はしばしば人間の場合無効になる。これが動物と区別される点で、人間が自然界で唯一の同種殺害者とまでいわれるのも、この点に由来している。これについてはさまざまな解釈や学説がある。
――動物を観察して得られた成果を人間に応用する研究は色々ある。精神病棟の患者の行動や強姦事件の分析などがある。が、人間に動物の行動学を応用するには多くの問題点があって、特に問題となるのは、現代人の生活している「都市」が、野性の動物の棲む
「自然」とはおよそかけ離れた環境である点だった。
「巨大都市の誕生とそこへの人口集中という現象は人類がはじめて体験しつつあることで、野生動物で観察された成果が適用できるとは考えられないが、過密環境下におかれた動物の研究から、現代の都市環境に対して、さまざまな警告は発表されてきた」
「都市はそんなに過密なんですか」
「ひどいもんだ。ヘディガーという動物学者が、動物の団体距離に注目して、異種間に逃走距離と臨界距離、同種間に個体距離と社界距離という考え方を想定した。この考え方をホールという学者が人間に適用して、密接距離、個体距離、社界距離、公衆距離という分類をした。これらの距離は個人差や民族的な差があるだろうが、例えば社界距離の最小値は一.二メートルとされている。これは簡単に手を伸ばしても届かぬ距離ということらしい。だから、他人どうしが会話を始める場合、この距離から始めて、親しくなれば徐々に近づいて、個体距離をとる。これが四十五センチより近づくと、ごく親しい間でとる密接距離となる。……この距離が守られないと、トラブルが生じやすいといわれるが、今の東京は人口密度からいけば、一人当り面積六三・五m2で生活していて、これは互いに公衆距離(最大七・五メートル)内に入り合って生活していることになる。そんな例を引かなくても、地下街の通行量を一目見ればわかる。他人と一メートル以上離れて歩けるかね」
彼はボンレスハムの塊りを獣のように齧った。
「都市ではどんなことが起こると警告されているのですか」
おれは訊ねた。
「人口が増加すると、ストレスの増大から、脳下垂体前からの副腎皮質ホルモンの分泌が促進されて副腎皮質が増殖し、死亡しやすくなる。これが一種のフィード・バックとして人口を調整するのではないかという説がある。また一方では、分泌系よりも神経系への影響の方が大きく、攻撃性が鬱積するという説もあるし、逆に個体距離を喪失して家畜化の道をたどるという考えもある」
「それで、さっき家畜化と――」
「いや」
青年は手を振って否定した。
「これは都市生活者に対し、動物行動学者が予測した考えなんだ。……ぼくがいったのは、もっと直截な意味で、地下街にいる人間をたとえただけだ。地下街が都市の中でも特異な環境だと考えたのは、地下街には一切の生産がないからだ。ぼくは地下街をターミナルからターミナルへ通り過ぎるだけの人間だったからそれがわかる。地下街にどんな生活者がいる。地上で生活できなくて、地下街に入ってみると、そこが案外居心地のいいことに気づいて、そのまま居ついてしまった連中ばかりだ」
おれのことか、と一瞬唾をのんだ。
「国鉄へ通じるコンコースに寝そべっている浮浪者がいるだろう。奴らは本能は衰弱しているし、個体距離などとっくに失っている。“密接距離”の四十五センチあたりを見知らぬ他人が何千人通過しても平気で寝ていられるんだからな」
(だが……)
おれは思った。
(彼らと背広を着て円柱にもたれていたおれと、どれだけちがうのか……)
「浮浪者はやはり過密環境で生じたのですか」
おれは自分のことを訊くような気分でいった。
「それはわからない。多分、ちがうだろう」
医大助手の青年は、またワインを注いだ。
「稠密環境での人間の行動を予測した根拠は、幾つかの有名な研究からの類推なんだ」
――ジェームズ島のニホンジカの繁殖と死滅の例。無人島に数頭放たれたシカは、繁殖し過ぎた結果、個体間の緊張によって副腎が異常に大きくなり、餓死する前に大量に斃死した。
――カルホーンのネズミを使った実験はさらに有名だ。一定の空間にネズミを増殖させ、水と餌は自由に、しかし集団で与えた。その結果、オスの性行動は異常になり、メスは巣作りが怠惰になり、産んだ子を見殺しにし、流産が増え、生殖器障害での死亡率が増え、乳児死亡が急増したという。
「……ぼくが、この地下街の異変が何かの実験だといったのは、このカルホーン実験が頭にあったからなんだが……」
青年はしばらく考え込んだ。
「しかし、あまりにも条件が作られすぎているとは思わないか。餌の搬入もそうだし、その前の食料の奪い合いの時もそうだ。グループ間の闘争という、進化論的に機能を果さない闘争が起こると、直ちにグループを引き離してしまった。――思い過ごしだろうか。地下街の地図に、ねぐらや摂食場所、水飲場、排泄の場所、通路、障害物などを書き込んでみれば、哺乳類のなわばり図に似たパターンが出来るのではないだろうか。ぼくが地下街を使って人間の行動学を研究するなら、多分、そうするだろう。そして、通路や仕切りを色々変えてみて、行動のパターンを調べる……」
「だが、実験とすれば、一体誰が……」
おれたちは黙った。周辺にはおびただしい感知機器類が取りつけられているはずだ。データが送られるラインが張りめぐらされ、それらの信号が奔流となって流れゆく先に、黒く巨大な、外観すら明確にはつかめぬ、意識を持った存在がうずくまって地下街を観察している。そんなイメージが一瞬浮かび、〈TIKACON〉という文字が頭をかすめた。